「幸―! 学校卒業おめでとうー!!
 3年前、卒業式から帰ってきた幸に飛び切り明るい笑顔で母親の千恵が迎えてくれた。
「ふふっ、そんな幸にプレゼントがありますっ! 実は・・・幸の卒業祝いとしておばあちゃんが家に泊まりにおいでって。但し、1人でね。」
「えっ? 1人で?」
 祖母の家は隣村で子供1人が行くには少々遠い。そのため一瞬幸は不思議そうな顔をした。
「幸もこれから社会に出ていくんだから、いい機会だと思うよ? 行く?」
「・・・うん!」

 そして祖母の家に行く当日、全ての準備が整い出かけようとした時、
「幸、ちょっとここに座って。」
 千恵に言われて幸は椅子に腰かけた。千恵は櫛で丁寧に幸の横髪を後ろでくくり、自分の髪につけていたバレッタを外して幸につけた。
「ん? お母さん・・・、これってお母さんの大事なものじゃ?」
「そうよ。大事なものだからこそ渡すの。幸が安全でいられるお守りとしてね。」
「ありがとう!」
 幸は荷物を持って飛び切りの笑顔で出かけて行った。千恵も心配な顔1つせずに笑顔で娘を見送った。


 祖母の家で2泊し、幸がリトス村へ帰ってくると村の様子が変わっていた。
 ここだけ時が止まってしまったかのように、一切の音と気配が村から消えていた。
 言いようのない大きな不安がよぎり、幸は村の中へと走っていった。すると点々と赤黒い大きな何かが転がっているのが目に入った。それは血を流し赤く染まった村人だった。その人は本当にこの前まで動いていたなんて考えられないほど、静かに横たわっていた。
 幸は初めて見る生々しい死体に声を失い、慌てて自分の家へと駆けこんだ。
「お母さんっ!!
 勢いよく開けた扉の音が虚しく辺りに響いた。家の中のものは何もかもがひっくり返っていた。そして母親が紅い血溜まりの上に横たわっていた。
「お母さん!? ・・・っお母さん!!
 大声で駆け寄って身体を揺さぶったが、何一つ反応は帰ってこなかった。
 その時、村の向こう側で何かがぶつかるような音がした。幸は藁にすがる思いで音のした方へと走っていった。村を走るとあちこちで死体を見つけた。とても小さな村だったので幸はそこに倒れているのは誰か、全て分かってしまった。
 すると今度は人の声と足音が聞こえてきた。幸は嫌な予感がしたため建物の陰に隠れて、そっと人のいる方を覗いた。
 そこには十数名の盗賊が、村の若い男性を襲っていた。男性が必死で助けを求めているが、盗賊は耳障りなハエを殺すように何のためらいもなく男性を切りつけた。男性が悲痛な叫びを出すのを聞き、幸も声にならない叫びをあげた。しかしその時に足元にあったバケツを蹴ってしまった。それは不気味な静けさをまとった村で、あまりにも大きく響いてしまった。
 敵意がこちらへ向いたのを幸は感じとり、慌てて走り出した。そして背後から人が走ってくる音が聞こえてきた。
 がむしゃらに走っていると神木のある広場に出た。幸はこのままでは逃げられないと感じ、神木のうろに隠れる事にした。そのうろは村人しか知らない、子供だけが入る事の出来る小さなものだった。村人なら子供の時誰もが1度は入る、絶好の隠れ場所だった。
 幸は小柄だったのでまだそこに入ることが出来た。しかし身体1つしか入らない大きさのうろで無理矢理奥へ奥へ隠れようとしたために、一部痛んでいた箇所が折れてしまった。
 その瞬間穴が出来、幸はその穴の中に落ちてしまった。
「きゃあ!」
 身体が土とは違う固い地面に当たり、強く閉じていた目を恐る恐る開いた。
 そこには石で囲って作られた地下室があった。丈夫に造られているが、あまりにも簡素な造りのため避難所のようではなさそうだった。落ちてきた場所を見ると、神木の根がこの地下室を突き抜けて伸びていた。部屋にはただ1つ、フロンティアの文字で書かれた石版が置かれていた。
 もう何も考える事が出来ず、ただただ石版に近付いて行った。そして恐る恐るその石版に両手で触れた。

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