やっと辿り着いたチェルト村は、とても整備の行き届いた村だった。道は規則正しく石で舗装され、雑草も少ない。メインストリートには出店が広がり各村の名産品や輸入品が売られていた。幸はチェルト遺跡に行くのは明日にして、村を観光する事にした。店頭に並んでいるものであまり物珍しいものはなかったが、その品揃えの良さと量には驚かされた。そして人通りも多く、時々村のどこにいるのか分からなくなりそうになった。
「とりあえず医薬品は買い足しておかないと、携帯食も今のうちに買った方がいいかなぁ?」
 地図を片手に歩き回るが、この人ごみの中背の低い幸はあまり遠くまで見渡せず探すのに苦労した。ようやく薬局がある通りまで来ると、気持ち人の数が減った気がした。

「幸?」

 不意に自分の名前を呼ばれたので立ち止まり、辺りを見回す。しかし幸の見知っている顔は見当たらない。ありふれた名前なのできっと別の人に呼び掛けたのだろうと思い、再び歩を進めようとした。しかしそれは右手を掴まれて遮られてしまった。
「やっぱり幸だ。」
 驚いて振り返ると、手を掴んだのは同い年の黒髪の少女だった。
「鈴音!?
 少女は名前を呼ばれると、返事の代わりに笑顔を返した。
「幸ってトレジャーハントしてるからもっとゆっくり移動してると思ったけど、結構速いのね?」
 確かにプロスト村とチェルト村の間には幾つかトレジャーハントが出来る遺跡があった。だから普通のトレジャーハンターならこの村に来るまでにもっと時間がかかるはずだった。
「うん。私はハントをするよりも遺跡を見る方が目的だからね。ハントはあくまで旅費稼ぎみたいになっちゃっている。」
 出来れば直斗のようにじっくりとトレジャーハントをしたかったが、各遺跡にある石版を全て読み解くのが幸のすべき事なので、あまり1カ所に留まっていられない。
「そういえば、鈴音、初めて私の名前を呼んでくれたよね。」
 幸が何気なく尋ねると鈴音は赤面してそっぽを向いた。
「別に名前で呼んでも、あんた呼ばわりしても私の勝手でしょ?」
「うん。でも何か・・・嬉しかったから。」
 鈴音の顔はますます赤くなる。しかし幸が嬉しかったのは名前で呼んでもらった事だけでなく声音の変化もあったからだった。プロスト村で「あんた」と呼ばれた時は明らかに嫌っている雰囲気だったのが、今は親しみが込められた感じに変わっていた。
「そんな事より幸はチェルト遺跡を見にこの村に来たの?」
 鈴音は明らかに話題を逸らそうとしている。
「そうだよ。でも今日は買い物するだけだけれど。」
 そう言って幸は薬局へ向かう。鈴音も後をついていく。
「鈴音がこの村に来たのは・・・・・・やっぱり泥棒?」
 なるべく他人に聞かれないよう声をひそめて言う。
「ええ。ここはトレジャーハンターがよく通るからね。手前のジルブ村なんてカモだらけだったわ。」
 思わず鈴音の顔に黒い笑みが浮かぶ。それを見た幸は苦笑いするしかなかった。
「でも、チェルト遺跡も見てみたいわね。チェルト遺跡ってフロンティアでも指折りの神殿だし。折角いろんな場所に行くんだから各地の名所にも行かなきゃ損じゃない?」
 幸も思い当る所があったため頷いた。
 薬局で必要なものを買って店から出ると、鈴音はある事を思いついた。
「ねぇ、もしよかったらだけど、明日私も幸について行っていい?」
「え!?
 幸は驚いて思わず買ったものを落としそうになった。
「チェルト遺跡にはトラップが多いって聞いた事があるよ? 大丈夫なの?」
 心配して鈴音を見つめる。
「幸みたいな怪力はないけど、身のこなしなら見た事あるでしょ?」
 鈴音は悪戯っぽく笑った。確かに運動能力は幸よりも高いかもしれないが、それだけの理由では幸の不安を全て拭い去る事は出来なかった。
「身の安全は保障出来ないけれど・・・。」
「身の心配なんてしてたら、こんな無理言ったりしないわよ。」
 鈴音の真面目な表情を見て幸はついて来る事を了承した。

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