「ねえ、幸。」
 鈴音がなんとなくといった感じに尋ねた。
「幸って考古学者って言うより歴史学者っぽいよね。」
「えっ・・・!?
 思いも寄らなかった言葉に、幸はとっさに返事をする事が出来なかった。
「だって幸の仕事は石版の解読じゃない?」
 考古学と歴史学。ともに歴史を知る学問ではあるが、その研究内容は異なっている。
 考古学は遺物や遺跡を研究し、当時の文化や生活を調べる学問である。
 対して歴史学は当時書かれた文献や史料をもとに歴史的事件を調べる学問である。
 幸がしている事は石版に書かれた文献をもとにフロンティアが滅んだ原因、つまり歴史的事件を知ろうとしているので、これは歴史学と言える。
「私・・・その辺り、あんまり意識していなかった・・・。」
 幸は呆然とした顔になった。
「学者になるんだったら、違いくらいちゃんと知っておかないと・・・。」
 鈴音は呆れ半分、慰め半分の声音で諭した。
「よく考えてみれば、家にあった本も考古学の本よりも歴史学の方が多かったような・・・。」
 どうやら幸の知識も歴史学の方が詳しいようだった。
「別に歴史学者でもいいじゃない。何で考古学者にこだわるの?」
 鈴音が問いかけると、幸は答え始めた。

「私の幼馴染になっちゃんって子がいたの。なっちゃんは5歳くらい年上だったんだけれど、すごく仲がよかったんだ。なっちゃんの将来の夢は考古学者で、よく色々な事を教えてくれたの。それで考古学に興味が湧いて、たまたま家にそういった本がたくさんあったから、色々な事を調べて覚えちゃった。
 別にその時はまだ考古学者になる気はなかったんだけれど、私が5歳か6歳の時になっちゃんがある考古学グループに勉強しに行く事になって、リトス村を出る事になっちゃったの。場所も遠いし、忙しいから滅多に帰ってくる事がないって言われて、すっごく寂しかった。でも、もし私も考古学者になったら、仕事で会える機会が増えるんじゃないかなって思って、それで私もなりたいって思ったのがきっかけかな。
 でも・・・それだけじゃなくて、なっちゃんが考古学の話をしている時ってすっごくいきいきしていて楽しそうだった。私も同じようにそのわくわくをもっと体験したい、聞くだけじゃなくって実際に見てみたいって思ったの。それを実際に体験しに行くなっちゃんが羨ましくって、憧れたからってものあるんだ。
 だから、歴史学よりも考古学の方がなっちゃんと繋がりがあるから、考古学者になりたかったんだよね。」
 幸は恥ずかしそうに笑う。
「そうだったんだ。ところで、そのなっちゃんに最後に会ったのって何時? 今もたまに会ったりしてるの?」
『なっちゃん』に興味を持った鈴音の問いかけに、幸のテンションは天地の差ほどに下がる。
「それが・・・・・・、なっちゃんがリトス村を出て以来、1度も会ってないんだよね・・・。」
「1度も!?
 鈴音が幸に迫る。
「あんた1度も会ってないって、それで本当に仲良しだった訳!? 普通年に1度くらいは顔を出すものじゃない!? 一体どんな人間よ!」
「あはは・・・、一応手紙のやり取りはあったんだけれど・・・。なっちゃんも会いたがっていたけれど、どうしてもそんなに長い休暇が取れなかったみたいで。本当に遠かったから、1日だけ帰ってこようにも何日もかけて移動しなくちゃならなかったみたいだし。」
 幸があれこれ弁解するのを、鈴音はため息をついて聞いた。
「じゃあ今なら、なっちゃんに会いに行けるんじゃない? 幸はチームに属してないんだし、幸から会いに行けばいいじゃない。」
「それが・・・、なっちゃんが行った村が何処か忘れちゃったし、もう何年も連絡が途絶えちゃっているの。だから会いたくても会えないの。しかもその上なっちゃんの本名まで忘れちゃったし、顔も覚えていないし、写真も残っていないし、残っていたとしても10年も経っていたら全く変わっちゃっているかもしれないし・・・。」
 幸が喋れば喋るほど、鈴音はだんだん幸が哀れに思えてきた。
「あんたって・・・、本当変わってるわ。」
「うっ・・・。」
 幸は言葉を詰まらせた。
「んー、じゃあ、幸が歴史学者じゃなくて考古学者をしてるのって、もう1度なっちゃんに会いたいからって事?」
 鈴音が聞くと、幸は思っても見なかったような顔をしたが、よく考えてみたらそうなのかもしれないと思い、首を縦に振った。
「もしかしたら、何処かですでになっちゃんと会ってるかもしれないわね。」
「うん・・・。いつかちゃんと、会えるといいなぁ・・・。」
 なっちゃんと最後に会った時の感覚を思い出しながら、返事をした。

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