たくさんあった大岩は次第に数が減り、再び何もない場所に出た。そのうち草がまばらに生えてきて、いつしか崖の下には道が出来ていた。村に近付くにつれ木も増えてきて、それが林になった頃、幸は崖の下の方に何かが彫られているのを見つけた。
「何でこんな所にお地蔵様が・・・?」
大分風化していて細かな彫刻はなくなっているが、それは確かに人の形をしている。
「道祖神よ。道祖神は旅の安全を祈る神様。安全に目的地に辿り着けるようにと置いてあるのよ。プロスト村に行く道は3つしかなくて、村を行き来する人は必ずその道を通るの。その3つの道とも道祖神が置いてあるわ。」
「そうなんだ・・・。」
あまり宗教とは親しみのない幸だが、旅の神様という事なので簡単にお祈りをした後、再び歩き始めた。
「もうすぐプロスト村よ。」
鈴音の声の先に民家が少しずつ見えてきた。何故村に通じる道が3つしかないのか、村に着くとその理由が分かった。
村の背後には大きな崖がそびえ立ち、その奥にはヴォルバ山が顔を覗かしている。村の前方は林で、道に迷う事はなさそうだが、獣道などなく草が伸び放題でかなり歩き辛いだろう。道は幸が歩いてきた道と、その反対側にある同じように崖沿いの道と、林の中央に造られた道だけであった。
「ほら、もう人の目があるんだから下ろしてよ。」
鈴音が幸の背中を叩く。
「いや、家の前まで送るよ。さっきよりも足が腫れてきているし。」
しかし幸は先程よりも更にしっかりと鈴音を抱え、下りられなくする。
「あんたって変な奴。」
もがいても下りられない事を悟った鈴音がこれ見よがしにため息をついた。
「あっ! 鈴姉ちゃんだ!」
小さな男の子が鈴音を見つけ、笑顔で走り寄ってくる。
「ただいま。」
鈴音は先程までの態度と打って変わった優しい笑顔で帰宅の挨拶をした。
「鈴姉ちゃん、どうしたの?」
男の子は幸と幸に負ぶわれている鈴音とを、不思議そうに交互に見ている。
「足をちょっと挫いちゃって・・・、これ以上悪化しないよう連れてきてくれたの。」
その最中にも指で幸に家の方向を教える。
「ねえねえ、またどっか行くまで、勉強教えてよ!」
「もちろん。でも用事が済んでからね。」
それを聞いた男の子は鈴音の帰宅を皆に知らせに行くために走り去っていった。鈴音も小さく手を振り見送った。
「近所の子? すごく鈴音に親しんでいるね。」
その子だけではない。人とすれ違うたびに皆鈴音に声をかけ、様子を聞いてくる。
「こんな小さな村じゃ、皆家族みたいなものだからね。」
幸に対する口調はきついが、その中には村人に対する優しい気持ちが込められていた。
幸はその言葉に暖かさを覚えると共に、どこか懐かしさを感じた。
「私の家はアレ。・・・さすがに下ろしてくれないと殴るわよ。」
鈴音を下ろして、でもそのまま1人で歩かせるのも危ないので、肩に腕を回して鈴音を支えた。
家は小ぢんまりとしていて少々古びているが、とても大切に使われている雰囲気が漂っている。
「ただいま!」
鈴音は扉を大きく開いて、家の奥まで聞こえる澄んだ声を出した。
少し間を空けて、隣の部屋から鈴音の身長とそう変わらない女性が飛び出してきて鈴音に抱きついた。
「お帰りっ、鈴音!」
「お母さん・・・ちょっと毎回オーバーよ。」
鈴音は恥らいながらも、内心嬉しそうだ。
「だって心配だもの。まだ成人してないのに遠くに行って、盗賊相手に盗みを働くなんて・・・。本当鈴音が無事なのか心配で堪らないんだから。」
無事に送り届ける事が出来、また再開の邪魔をしたくなかったので幸はそっとその場を去ろうとしたのだが、それを鈴音の母親は目敏く見つけて引き止めた。
「あの・・・あなたは一体・・・?」
「あ、ただの旅人です。鈴音が怪我をしたのを送り届けただけです。」
自分が原因で鈴音に怪我をさせて決まりが悪かったのでさっさと出て行こうとしたが、鈴音の母親に手を掴まれてしまった。
「旅人さんっ! ぜひ何かお礼をさせて!」
「えっ!? あっ!? たっ・・・たまたま連れてきただけなんでお礼なんて、そんな・・・。」
「今夜泊まる宿はお決まり?」
「え!? いえ・・・、まだです。」
「じゃあぜひ泊まってって下さい! 何たって鈴音の恩人なのですから。」
「お母さん!? だからオーバーすぎよ!!」
鈴音は母親の滅茶苦茶な振る舞いに赤面しつつ、さり気なく幸に断れとばかりに睨み付ける。
「本当にオーバーです。それに泊まるなんて迷惑かけてしまいます!」
「そんな事いいから、泊まりなさい。」
「あ・・・、はい・・・。」
最後は鈴音の母親のあまりの気迫に押されて、幸はつい返事をしてしまった。
そのやり取りを見ていた鈴音は、思わず額に手を当て、ため息をついた。