湯気が立ち込めている。
シャナ国一の活火山、ヴォルバ山のふもとにある温泉街にて幸は久々の入浴を楽しんでいた。風呂好きも高じて、かれこれ1時間以上入っている。
「うーん、チェルト遺跡まではまだ距離があるし、旅費も減ってきたし、近くにトレジャーハントが出来る遺跡はないかなぁ。」
湯船に浸かりながら誰に話しかける事もなく呟いた。
エザム村を出る前にダウジングを行った所、次の石版がある最も近い遺跡はチェルト遺跡だった。しかし近いと言えども歩いていくのにはかなりの距離があり、この崖に囲まれた温泉街も通り道としてやって来たのであった。
幸は身体を拭いた後、脱衣所へ入った。ふと壁に貼られてあった「盗難注意!」というポスターが目に付いた。しかし注意しろと言われても、この温泉浴場には鍵付きロッカーがないので無理な話だ。
髪に残った水分を拭き取りつつ服を着る。ふと、隣から鈴の音が聞こえたので隣に目をやると、黒髪の同い年くらいの女の子が急ぎながら服を着ていた。無駄な動作がなく、さっさと自分の荷物をまとめて出て行った。彼女の財布に鈴が付いてあり、彼女が立ち去った後でも鈴の音がそこに留まっているような錯覚に幸は陥った。
着替え終わるとある異変に気が付いた。閉めていたはずのウエストポーチの口が開いている。血の気がサッと引き、ポーチの中を慌てて探ってみたが、そこに幸の財布はなかった。
「・・・あっ!!」
先程隣にいた女の子が荷物をまとめている時に、幸の財布とよく似た財布を鞄の中に入れていた。しかし彼女は別に、鈴の付いた財布をズボンのポケットの中に入れていた。
幸は火が点いたように浴場を飛び出していった。料金は前払いだったのがまだ救いだった。
幸の入った浴場は1本道の温泉街の1番奥に立っていて背後は崖だったので、犯人が逃げる道は1つしかなかった。しかし人ごみのために上手く見つけられない。人をかき分けて走っていると遠くから鈴の音が聞こえたような気がした。そこで幸は神経を研ぎ澄ませ、浴場で聞いたあの鈴の音だけを捉えようとした。すると犯人は人が多いためか、それとも逃げ切れる自信があるのか、歩いているらしく、鈴の音が鳴るタイミングや遠ざかっていくスピードが遅かった。
鈴の音を頼りに確実に犯人に近付いていくうちに温泉街をぬけた。温泉街の外は荒野が広がっていて、隠れる場所はほぼない。
幸がようやく目で犯人を確認出来る所まで来ると、突然犯人が後ろを振り返った。
気付かれてしまった。
犯人は予想していなかった恐ろしい速さで駆け出した。
「あっ! ま、待てーー!!」
幸も慌てて犯人を追いかける。
崖の下に沿って犯人は走っていく。幸は足が速い方だが、犯人はそれを更に上回っている。距離は縮まる所か広がる一方だ。
そのうち行く先には岩がたくさん転がり始めた。恐らく犯人はここで幸を撒くつもりだろう。犯人は大の大人ほどもある岩を軽々と跳び乗り越えていく。対して幸は岩の合間をぬって走るしかなく、大幅なタイムロスだ。
「あっ・・・あんな運動能力ってありなの・・・?」
そのうち岩の陰で犯人が見えなくなってしまった。