やがて幸は眠りについたが、微かに調理をする音が聞こえた気がして耳を澄ます。一定のリズムで包丁がまた板に当たる音を聞いていると、まぶたの内側に台所に立つ母の姿が浮かび上がった。
(あれ? いつの間に家に帰ったんだっけ?)
 幸は夢の中で布団から起き上がろうとしたが、身体が重くて動かない。
『さっちゃん、大丈夫?』
 すると誰かの手が伸びてきて、汗で貼り付いた幸の前髪を払ってくれる。手が退くとその先には困った笑顔を向ける幼馴染みが居た。
「なっちゃん・・・?」
 幸は幼馴染みの顔をよく見ようと目を大きく開いたが、視界に映ったのはタオルを持った京一の姿だった。
「秋山はん、眩しいと眠れんのは解りますが、頭からお布団被るんは暑いでしょ?」
 そう言って京一は幸の顔を拭った。
「やっぱり汗だくになってますね。パジャマ持ってきましたんで、こっちに着替え。・・・お母さんのより平治のパジャマの方がサイズ合いそうですね?」
 京一は2枚のパジャマを広げて幸の身体と見比べる。
「まぁ、どっち使うても構いませんから、身体拭き。あと、お腹は空いてます? ちょい早いですけど、お夕飯準備出来ますんで。」
 幸は京一からタオルとパジャマを受け取ったが、そのままじっと京一の顔を見つめる。
「どないしました? 寝ぼけてます?」
 京一は幸と目線を合わせて見つめ返す。
「・・・何でここまで良くしてくれるの? この間まで私の事を嫌っていたよね?」
 すると京一はにっこりと笑った。
「わてが1番嫌いなんは病人なんです。だからさっさと治して出てってくれます?」
 そう言って京一は部屋を出ていった。
「なるほど。だから怒ってるんだ?」
 やや釈然としなかったが、幸は言われた通りに汗を拭いて、パジャマに着替えた。

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