「・・・っありがとうございます!」
 幸はコップに注がれた冷たい水を飲み干すと開口一番にそう言った。
「いやいや、いいよ。それにしてもまさか砂漠の真ん中で人が倒れてるなんて・・・。もし死体だったらゾッとしたよ。死体バイクに乗せて走るなんてヤだからね。」
 隣の席に座った女性がナポリタンを食べながら快活に笑う。
 あの後女性は幸をスクーターの後部座席に乗せて目的地だったトープまで連れて行ってくれた上、定食屋で食事を奢ってくれていた。
「そういえば、あのスクーターはどうなっているんですか? 普通は砂漠なんて走れませんよね。」
 砂漠と言っても中には岩だけで出来たものもあるので砂漠の全てが走れない訳ではないのだが、あの細かい砂で出来た砂漠は走れるはずがない。
「別に敬語なんて使わなくていいよ。あたしは牧原榎菜。バイクの事が気になるんだね。」
 榎菜は含みを持った笑みを返し、ナポリタンを食べ終え席を立った。幸も慌てて食べ終え、後を追いかけた。
 外へ出て榎菜のスクーターへ近付く。幸はまじまじと観察したが、一見よく見るスクーターだ。
「うーん、どうして砂漠が走れるんだろう?」
「これはあたしが砂漠を走れるように改造したんだよ。」
 榎菜は至極当然のように言ったが、幸はその言葉に耳を疑った。
「あたしはギーグにある自動車工場で働いているの。だから愛車の改造なんて朝飯前!」
 榎菜はスクーターを傾けた。
「底を覗いてみて。」
 榎菜の言葉に疑問を抱きつつ、言われた通りに底を見た。スクーターの底には本来あるはずのないファンのような物が付いていた。しかしその不思議なファン以上に幸はあるものに目が行った。
「これって、フロンティアの道具!?
 スクーターに馴染みのないファンに、幸には馴染みのフロンティアのマークが記されていた。
「お、このマークを知ってるの?」
「うん。あ、私は秋山幸と言うんですけれど、」
 今更自己紹介をし忘れていた事に気付いて頭を下げる。
「私は考古学者をやっているの。」
「へー、そうなんだ! なら知ってて当然か!
 あたしはねぇ、フロンティアの技術を使って便利なものが造れないか色々実験してるの。このバイクもそう!」
 榎菜が生き生きと喋りながらスクーターをいじり始める。
「バイクの底にファンがあったでしょ。あれはジェットエンジンってあたしが勝手に言ってるんだけど、あれで強力な風を起こして機体を少し宙に浮かしているの。だから砂に埋もれる事なく走れる訳。」
 幸はそんな事が出来るのかと、思わずスクーターを凝視した。
「でも、これ、まだ改良中なんだ。今日は初めて砂漠で試験運転をしたんだけど、まだまだダメだなぁ。舗装された道を走らせた時でも爆音を轟かせてたのに、砂漠を走ると砂の巻き上げが凄まじい。」
 それには幸も同感だった。スクーターの後部座席に乗せてもらった時、そのあまりのうるささに会話をする事も出来ず、榎菜にヘルメットを貸してもらわなければとても目を開けていられなかった。
「これからもっと改良してかないと実用化には程遠いなぁー。」
「この改造って仕事の1つ?」
「ううん。でも半分仕事かな。バイクの改造、試運転をしながらいろんな街や村に行って、工場で頼まれた部品や今後使えそうな部品や技術を手に入れて送ってるし。」
 工場からは半分休暇扱いにされてるけど、と榎菜は苦笑した。
「そだ! ね、ね、幸は考古学者ならフロンティアの道具について詳しいよね? 部品探しのついでに色々教えてほしい事があるんだけど、いいかな?」
 榎菜は幸の前に回り込んで手を合わせた。
「もちろん。助けてもらったお礼がまだだしね。」
 幸がそう返事をすると、榎菜は喜び飛びあがった。

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