ガフィート遺跡を去って数日、辺りは荒野が続いていた。道を間違えないよう地図を確認していたが、次第に地図が風に煽られ始めた。
 初めは草木や岩など風を遮るものがない所為だと気にせずいたが、やがて強風が吹きすさび、砂や小石が辺り一面に舞い上がった。舞い上がった砂は視界を不明瞭にし、小石が身体に当たって擦り傷が出来ていく。
「これは何処か隠れないと。」
 砂が目に入り、涙でさらに見えにくくなる視界の中必死で物陰を探す。がむしゃらに進んで行くとやがて建物が見えたので幸は軒に飛び込んだ。扉を見ると何かの店のようだったのですぐ建物内に入る。
 中は飲食店のようでたくさんのテーブルと椅子が置かれていた。しかしそこには客どころか店員の姿も1人もなく、外の砂嵐が嘘の様に静まり返っている。
 カウンターに向かうとそこにうっすらと埃が積もっていて、しばらくお店は開かれていない事に気付いた。
「おや、いらっしゃい。」
 突然背後から男性の声が聞こえ、幸は飛び上がる。おそるおそる振り返ると白髪混じりの老人が穏やかに笑って立っていた。
「砂嵐に合ったのかい? 生憎店は閉めたんじゃが、コーヒーなら出せるぞ。飲むかい?」
 男性はゆっくりとカウンターに近付き、ポットなどを取り出していく。
「すみません、閉店してるとは知らずに入ってしまい。」
「いい、いい。鍵をかけてしまうといよいよこことお別れになっちまうから、どうにもかけられなかったんじゃ。」
 男性は慣れた手つきでコーヒーの準備をしていく。席を進められ、幸は男性の向かいに座る。お湯が沸きゆっくりとドリップしていくと、コーヒーのいい薫りが辺りに広がり、室内が明るくなったように感じられた。
「ありがとうございます。頂きます。」
 コーヒーを差し出され口に含むと、その美味しさに口許が緩んだ。
「砂糖もミルクも入ってないのに、すごく美味しいです。」
「お嬢ちゃんはカフェオレ派だったか。カフェオレも作るかい?」
 老人がおどけてミルクを取り出す。幸は思わず「そちらも飲みたいです」と答えた。
 コーヒーの香りに包まれ、時々思い出したように老人と少しだけ言葉を交わしているとどれだけ時が経ってしまったのかわからなくなっていく。5杯目のコーヒーを飲み終えた所で、外からあまり風の音がしない事に気がついた。幸は立ち上がって窓から外を覗くとやや見通しは悪いものの、外出出来るくらいには風が収まっていた。
「砂嵐が大分収まりましたので行きますね。コーヒーをありがとうございました。」
 幸が老人にお金を渡そうとすると老人は押し止めた。
「なに、趣味で入れたものだ。お代は要らないよ。それよりも、次の村へ向かうにはもう遅い時間だ。この村には宿屋がないし、ここに泊まっていくといい。」
「すみません、何から何までありがとうございます。」
 幸が深くお辞儀をすると老人は「久々のお客で楽しかったんじゃ。」と笑った。

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