しかしすぐに雨が本降りになってしまった。あっという間に身体が濡れていく。慌てて庇のある建物の側へ駆け寄る。
「うわぁ、これ以上はポーチに雨が染み込んじゃうな・・・。」
服は濡れてしまっても宿で乾かせるが、ポーチには地図やノート、それに財布が入っている。ノートなら自業自得で諦められるが、濡れてシワシワになったお札をお店で使うのは躊躇われる。仕方なく雨が弱まるまでその場で待つ事にした。
するとちょうど建物から熟年の女性が出てきて「あら?」と声を漏らした。建物をよく見てみたら個人宅のようだ。
「あっ、すみません。軒下をお借りしてます。」
幸は慌てて頭を下げる。一方女性の視線は幸の手元を見ていた。
「ちょっと待っててね。」
そう言うと女性は家に引き返し、短い棒状の物を持って戻ってきた。
「随分派手に傘壊れちゃったのね。よかったら、これ貰って。」
そう言って手に持っていた女性ものの折り畳み傘を幸に差し出す。
「ええ!? 貰えませんよ。新しい傘を買ったらお返ししにきます。」
「いいのいいの。これ嫁いでいった娘が忘れてった物で、新しい物を買ったからもう要らないって言われたのよ。このまま仕舞い続けるのも可哀想だから、使ってくれない?」
女性は戸惑う幸をよそに壊れた傘を取り上げ、代わりにまだ痛みがほとんどない傘を握らせた。
「すみません、ありがとうございます。何かお礼を・・・。」
そう言ってポーチに手を伸ばそうとしたが、手を遮られた。
「そんなの気にしなくていいわ。」
「え、でも・・・。」
女性は笑顔で申し出を断るが、幸は心地が悪くてマゴマゴする。すると女性は「そうだ!」と手を打った。
「じゃあ、私じゃなくて、誰か困っている人がいたら、その人に恩を返しなさい?」
「別の人に?」
「そう。確かカンティ国に『恩送り』という言葉があるの。見ず知らずの人に助けられたりしてお礼をする事が出来ない時に、その人の親切を思い出しながら別の人を手助けするの。もし自分が助けた人がお礼をしたいと言ったら、同じように他の人に恩を返しなさいっていうの。そうすればどんどん人助けの輪が広がって、皆が幸せになれるという考え方ね。」
「すごいですね・・・。」
幸は今まで何気なく人助けをしてきた事を思い出した。もし自分が助けた人が、他にも親切の輪を広げているかもしれないと思うと嬉しくなった。
「そうか、この嬉しいって気持ちが、最初に人助けを始めた人への恩返しになるのか。」
幸が独り言を呟くと女性は同意するように笑みを向けた。
そう考えると、今まで迷惑をかけないようなるべく人の助けを借りないようにしていたが、こうして助けてもらう事も恩返しになるんだと思うと気持ちが楽になった。
「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます。」
幸が頭を下げると、女性は「気をつけてね。」と言って出掛けていった。
「・・・さて、買い物に行こうか。」
貰った傘を早速広げて、雨の中を歩き始めた。