ふと幸は懐かしい音と匂いで目を覚ました。ベッドに横たわっていた身体を起こし、机の上の窓をそっと開け放つ。
「・・・雨だ。」
 窓の向こう側には久々の雨が静かに降り注いでいた。

 シャナ国は意外と雨が降る。しかしそれは同じ場所に暮らした感想であって、旅暮らしをしているとそれほど雨に合わない事もある。しかも幸は晴れ女なのか滅多に雨に合う事がなかった。
 幸は身支度を済ませた後、傘をささずに村をぶらぶらと歩き始めた。小雨で雨具を使わなくてもそれほど濡れなかったし、久々の雨に打たれるのは気持ちがよかった。
 舗装されていない道路は少しずつ黒みを帯びて柔らかくなっていく。お店の商品は濡れないよう屋根の下に収められ、普段は軒先から溢れた商品でいっぱいであろう道は本来の広さを保っていた。
すれ違う人々も幸同様傘など使ってはいなかったが、皆なるべく濡れないように足早に歩いていく。幸には久しぶりの雨だったが村の人にはそうでもなかったのだろう。特に雨に感じ入る事はなく普段通りに過ごしている。
(そういえば、雨っていつぶりだろう・・・。)
 思い出そうにも1週間ぶりにも数年ぶりにも感じられ、記憶がはっきりしない。
(ま、どうでもいいか。)
 こういう時、さっさと考える事を放棄する。ふとした事を思い出そうとして深く考えていくうちに、余計な事まで思い出してしまわないようにするためだった。
 ふと、脇に食堂があるのが目に入った。そこで朝食を取ろうと、軽く身体を濡らしていた水滴を払い扉を開けた。

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