「ボールが落ちてきた」というと君は何を思い浮かべるだろうか。まずボールと聞けば、バスケットボールやバレーボールなどの球技を思い浮かべるだろう。その中でも日本の国民的スポーツである野球を思い浮かべる方も多いであろう。この話は、その野球と関係あるようなないような話である。
ある暑い昼下がり、ボールが落ちてきた。いや、正確にはボールが飛んできた。そのボールは私の頭部に直撃した。痛い。文句を言ってやろうと飛んできた方向を見た。そこには公園があり、そこから少年が飛び出してきた。
「あ、ボールこっちに投げて」
どうやら私の頭に当たった事に気付いてないらしい。私は彼に当てる気満々で勢いよくボールを投げ返した。
大暴騰。
ボールは少年の頭上を遥か通り過ぎ、誰もいない道路へと落ちた。
「へったくそだなぁー。」
少年は笑いながらボールを取りに行った。謝るどころか馬鹿にするとは。ムッときたのでそのまま彼が戻って来る前にその場を去った。
翌日も、その次の日もボールは落ちてきた。幸いな事に頭に当たったのは最初の一回だけだった。しかし私は彼にボールを当てる気で毎回投げ返した。が、やはり明後日の方向へ飛んでいく。それをやはり彼は下手だと笑いながら取りに行く。昨日までならそのまま帰っていたのだが、今日はこの数日間で気になった事を言ってやろうと彼が戻って来るまで待っていた。
「私の事下手って言うけど、あんたも大概じゃないの?」
そう言っていつもボールが飛んでくる公園の方を見た。公園にはどこのでもそうあるようにフェンスが設置されている。そのフェンスの高さは私達の身長と同じ高さかそれより高いくらいだ。彼が投げるボールは野球ボール。打つならともかく投げる場合頭上より高く飛ぶ事はない。野球は相手の懐めがけて投げるものだ。それを毎回フェンスを越えて飛んでくるという事は彼が下手くそである理由以外に考えられない。
「しゃーないじゃん。壁に向かって投げてんだから、どこに飛ぶかわかんねーんだよ。」
そう言われてみれば彼の他には人がいない。ふと、友達いないんだと思ってしまった。
「そーだ! 一緒にキャッチボールしないか? お前の下手くそぶり治るかもよー?」
最後に喧嘩を売られた気がした。
「そう言うならやってあげようじゃない。見事なボールコントロールにギャフンと言わせてやるんだから。」
そう言い放つと彼はからかうように笑い、「じゃ、明日お前の分のグローブ持ってくるよ。」と言って公園に戻っていった。
次の日同じ時間帯に行くと彼はグローブをもう一つ持って先に壁打ちをしていた。
「ほれ、お前の分。」
そう言って彼が投げたグローブは綺麗に私の手の中に落ちた。意外と奴は出来るのかも知れない。私は少し警戒しながらグローブを手にはめた。
それ以来同じ時間に、謎のキャッチボールの日々が始まった。
最初のうちはやはり検討違いの場所へ飛んでいっていたボールだが、次第に彼の元へ飛ぶようになった。それに従い会話をする余裕も出てきた。
「お前っていっつも同じ時間にここ通るよな。」
「毎日ボール投げてるあんたと違って私は夏期講習に行ってるの。」
「へー、塾通ってんだ。」
「あんたもいっつもここで一人ボール投げてるけど、友達いないの?」
「オレ、ここの人じゃないから。」
「あ、そうなんだ。だから一人でボール投げてる訳だ。」
「そ。…前まではじーちゃんとやってたんだけどな、この前死んじまった。」
「…」
「従兄弟も皆県外に住んでるし、ばーちゃんももういないし、この町には誰も知り合いはいないからな、一人で投げるしかない。」
ボールを打ち合う乾いた音だけが辺りに響く。
「じゃ、そのうち帰っちゃうんだ。」
「うん。今はじーちゃんちの片付けやら何やらでここにいるけど、…もうここに来る事はないだろな。何かお墓も世話しやすいよう引っ越しさせるみたいだし。」
「もう、来ないんだ。」
「来る理由がないしな。」
辺りがやけに静かに感じる。
「いつ頃帰るの? お見送り行くよ。」
彼は少し意外そうな顔をした。間が空いた後ボソボソと「明後日の十一時。」と呟いた。
翌々日、彼がこの町を出るまでの間少し喋りたかったので、彼の言った時間より一時間早い十時前に家を出た。その際励ましのメッセージを書いた野球ボールを手にとった。いつもボールが飛んできた公園を通り過ぎ、教えてくれた住所へ向かう。
その時、幹線道路の向こう側、バス停の側に彼の姿を確認した。両親らしき大人もいる。あいつ、嘘の時間教えやがったな! 私は慌てて道路を渡ろうとしたが、それと同時にバスがやってきた。
彼の名を呼ぶ。彼は振り返った。驚いた顔をしている。そしてそのまま苦笑してバスへと乗り込んだ。
バス停に着くと同時にバスが走り出した。ますます走るスピードを上げ、窓から顔を出した彼に向かって叫ぶ。
「…っこれっ! 受け取って!」
そして彼へメッセージを書いたボールを勢いよく投げた。
しかし案の定、彼の手に届かずにそのまま速度を落としながら落ちていった。わかっちゃいたけれど、どこぞの青春スポーツ漫画のようにいくわけないか。空を掴んだ彼は大爆笑して「じゃーなー!」と叫んだ。私も力の限り大声で「時間嘘つきやがってー!」と叫び返した。
「別れの言葉がそれかよ!」
「ボール渡し損ねたじゃんか!」
「はは、しゃーね、また取りに来るか。」
彼は困りつつも嬉しそうに笑った。次の言葉を言おうとした時には、もうバスは声の届かない距離まで離れてしまっていた。
地面に転がったボールに追いつき、立ち止まる。今のは物凄い近所迷惑だったなと独り苦笑しながらボールを拾った。
あれから幾日経ったか、庭の草いじりをしていると側にボールが落ちてきた。ボールがきた方向へ顔を向けると「ボールこっち投げてー」という声が聞こえてきた。次は彼へ届くよう、落ちてきたボールを拾って投げた。
後書き 12.03.24.
今回苦労したのはベタな展開をいかに現実的に見せるかという事です。始めは奇をてらった展開で書きたかったんですが、考えてるうちにベタな展開しか思いつかなかったので、だったら「漫画とかではこうなるけど、実際やったらこうなるよね」という感じで書こうと思いまして、こうなりました。
果たしてその目論見は成功したのでしょうか…?